沖縄考古学会の公式ホームページです。沖縄で考古学研究を行う団体です。

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琉球大学法文学部考古学研究室

遺跡保存部会
沖縄考古学会では、学会設立以来、遺跡保存に関する取り組みを推進してきました。 ここでは遺跡保存部会の活動について報告します。
 

首里当蔵旧水路の保存と活用についての要請

 2017年12月27日、県土木建築部長、県教育長あてに首里当蔵旧水路の保存と活用に関する要請を行いました。

■首里当蔵旧水路の保存と活用に関する要請(概要)

 首里当蔵旧水路は、首里当蔵町から真和志町に至る県道29号線(龍潭通り)の南側歩道側にあり、埋められた蓮小堀から龍潭通りに沿って世持橋まで延びていたと推定されています。 平成29年12月から実施されている龍潭線街路整備事業の一環である龍潭付近の擁壁工事に伴う発掘調査では、戦後に敷設されたコンクリートの水路の下から、延長約60mにわたって戦前の姿を留めた首里当蔵旧水路の石積遺構が、きわめて良好な保存状態で確認されています。発掘区域は、県指定史跡「龍潭及びその周辺」に隣接し、さらに中城御殿跡(旧県立博物館)の正門前に位置することから、古都首里の歴史的景観を構成する文化遺産として大変重要なものです。

 沖縄戦で甚大な被害を受けた首里において、戦前の遺構がこれほど大規模かつ良好な状態で確認されたことは奇跡的であり、琉球王国時代の景観を偲ぶ重要な文化遺産となるものと考えられます。 また、12月23日に開催された発掘調査現地説明会には300名に達する大勢の参加があり、熱心に調査成果を見聞する姿から、古都首里の文化財に対する県民の高い関心がうかがえました。

 こうした重要性に鑑み、本会では平成29年12月27日付け文書にて、関係機関あてに本遺跡の保存と活用に関する要請を行いました。

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城西小学校敷地内埋蔵文化財・首里平良橋周辺遺跡に関する要請経過(経過報告)

2015年 10月18日 遺跡保存部会にて城西小学校内埋蔵文化財(I区)の発掘調査状況について現地視察(関係者向け説明会への参加)
10月20日 遺跡保存部会にて首里平良橋周辺遺跡の調査状況について現地視察
11月4・5日 県内新聞にて首里平良橋周辺遺跡の調査成果について報道
11月14・15日 那覇市教育委員会による首里平良橋周辺遺跡の説明会開催
11月20日 沖縄考古学会理事会にて首里平良橋周辺遺跡、城西小学校内埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について審議
12月4日 遺跡保存部会にて城西小学校内埋蔵文化財の発掘調査状況(II区)について現地視察
12月7日 ■県教育長、那覇市長、那覇市教育長、那覇市議会議長あてに以下の標題の文書による要請を行う 城西小学校敷地内における埋蔵文化財の取り扱いについて(要請)
■県土木建築部長、県南部土木事務所長、県教育長、県議会議長、那覇市長、那覇市教育長、那覇市議会議長あてに以下の標題の文書による要請を行う 首里平良橋周辺遺跡の保存と活用について(要請)

■城西小学校敷地内埋蔵文化財の取り扱いに関する要請(概要)

 那覇市の城西小学校は、世界遺産(首里城跡、園比屋武御嶽石門)に隣接し、「首里古地図」(18世紀初期)によれば、「御細工所」が所在した場所にあたります。「御細工所」の実態についてはこれまでよくわかっていませんでしたが、昭和59年に校舎工事に伴う緊急発掘調査が実施され、出土遺物などから「王府御用品の総合製作所」跡だったことが想定されています。 現在、城西小学校敷地内では、屋内運動場及び幼稚園舎建替え工事に伴う埋蔵文化財発掘調査が実施され、石列や排水溝をはじめとする多様な遺構群が確認されています。特にⅡ区では綾門大道につながると考えられる大規模な道路状遺構や、それに関連する石組の溝状遺構が良好な状態で発掘されています。これらの遺構について、「御細工所」やその後に設置された薬園との関連も含めて、その年代や性格を明らかにすることができれば、首里城跡とつながりをもつ遺跡の一つとして、重要な文化遺産となるものと考えられます。 こうした重要性に鑑み、本会では平成27年12月7日付け文書にて、関係機関あてに本遺跡の保存と活用に向けた取り扱いに関する要請を実施しました。

■首里平良橋周辺遺跡の保存と活用に関する要請(概要)

 首里平良橋は、首里から浦添に至る琉球王国時代の中頭方西海道の要所にあり、第二尚氏第7代尚寧王によって石橋として整備されて以降、度重なる改修を経て利用され続け、沖縄戦によって破壊されました。 首里平良橋周辺遺跡では平成24年度および平成27年6月から、県道153号線外1線街路改良工事に伴う発掘調査が実施されているところでありますが、現在、発掘の途中とはいえ、橋に取り付く道路や橋の脚台の一部と思われる遺構が確認され、道幅や道の基礎構造をはじめ、繰り返し行われた改修の過程を把握できる成果があがっています。 さらに南地区では「首里古地図」(18世紀初期)に描かれた平良小堀(クムイ)に接する場所に、井戸を中心に井戸に降りる石畳道や石積みの排水溝等がほぼ完全な形で発掘されています。 こうした成果は、近世から近代にかけての首里平良橋周辺の景観や歴史的変遷を明らかにするのみならず、琉球王国の主要交通路であった中頭方西海道の一部を構成する遺構として極めて重要です。 こうした学術的意義に鑑み、本会では平成27年12月7日付け文書にて、関係機関あてに本遺跡の保存と活用に関する要請を実施しました。

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首里高校内中城御殿跡の保存と活用に関する要請(経過報告)

  • 経過
2011~ 2012年 那覇市教育委員会による首里高校内の試掘調査、県教育庁文化財課による造成土掘削、測量実施
2013年 8月 県立埋蔵文化財センターによる首里高校内の埋蔵文化財の本調査開始(2015年2月まで継続して実施)
12月21日 県立埋蔵文化財センターによる首里高校内発掘現場の一般向け説明会開催
2014年 3月15日 沖縄考古学会理事会にて遺跡保存部会より首里高校内の埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について提案
4月17日 遺跡保存部会にて首里高校内の埋蔵文化財の調査状況について現地視察
4月18日 沖縄考古学会理事会にて首里高校内の埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について審議 遺跡保存部会を中心に情報収集・要請案の作成を進めることを決定
5月12日 沖縄考古学会理事会にて首里高校内の埋蔵文化財の取り扱いに関する要請案を審議
5月30日 県教育長あてに以下の標題の文書による要請を行う首里高校敷地内における埋蔵文化財発掘調査の公開および遺跡の取扱いについて(要請)
8月15日 沖縄考古学会定例会にて以下の報告がなされた 羽方誠・亀島慎吾(沖縄県立埋蔵文化財センター)「首里高校内中城御殿跡-発掘調査について-」 沖縄考古学会理事会にて首里高校内の埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について審議
11月10日 遺跡保存部会にて首里高校内の埋蔵文化財の調査状況について現地視察
11月21日 沖縄考古学会理事会にて首里高校内の埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について審議 県立埋蔵文化財センター企画展「発掘調査速報展2014」開催。首里高校内中城御殿跡についても展示。(12月21日まで)
11月22日 県立埋蔵文化財センター第59回文化講座発掘調査速報展2014その1開催。首里高校内中城御殿跡について報告あり
12月22日 県教育長あてに以下の標題の文書による要請を行い、合わせて沖縄考古学会会員を対象とした現地見学会の開催についても要望
2015年
1月15日 遺跡保存部会にて首里高校内の埋蔵文化財の調査状況について現地視察
1月20日 沖縄考古学会会員による首里高校内中城御殿跡の発掘調査の見学について、県教育長あて書面にて依頼
1月21日 1月20日付文書にて依頼した首里高校内中城御殿跡の見学について、教育庁文化財課より回答
2月9日 沖縄考古学会会員を対象とした首里高校内中城御殿跡発掘現場の見学会を実施
2月21日 県立埋蔵文化財センターによる首里高校内中城御殿跡の一般向け説明会開催
3月4日 県議会にて首里高校内中城御殿跡に関する一般質問
3月10日 県議会議長あてに以下の標題の文書による要請を行う
3月23日 県議会文教厚生委員会による現地視察
3月31日 県教育庁担当課より当会に対して遺跡の取り扱いをめぐる現状と今後の方向性について報告があり、意見交換を行った
5月22日 日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会にて首里高校内中城御殿跡の保存と活用に関する要請の経過報告を行う
6月15日 那覇市議会議員・那覇市副市長による現地視察
6月20日 日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会にて首里高校内中城御殿跡の保存と活用に関する要請の経過報告ならびに状況説明を行う
7月6日 日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会による現地視察および県教育庁担当課との意見交換が行われた
7月27日 日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会より関係機関あてに以下の標題の文書による要請が行われた 那覇市首里高校内中城御殿跡の保存と活用についての要望
8月7日 県知事、県教育長より日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会の要望への回答
8月12日 那覇市長、那覇市教育長あてに以下の標題の文書による要請を行う首里高校内中城御殿跡の保存と活用について(要請)
8月13日 那覇市長、那覇市教育長より日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会の要望への回答
9月2日 県知事あてに以下の標題の文書による要請を行う首里高校内中城御殿跡の保存と活用について(要請)
9月4日 県教育長あてに以下の標題の文書による要請を行う首里高校内中城御殿跡の保存と活用について(要請)
 
  • 概要

首里高校内中城御殿跡は、琉球国王の世子の邸宅として17世紀から19世紀にかけて利用された 遺跡です。この場所は世界遺産(首里城跡、園比屋武御嶽石門、玉陵)に隣接しており、世界遺産 のバッファゾーンにもなっています。しかし、今回の発掘調査が行われるまで、中城御殿に関する 史料としては18世紀初期の「首里古地図」に描かれた図面が残るのみで、具体的な建物、施設の 規模や配置は不明でした。1875年の中城御殿移転後、跡地は薬園や首里中学校、県立第一中学校 として利用されましたが、1945年の沖縄戦によって壊滅的被害を受けました。戦後は首里高校の 敷地となり、このたび校舎改築に伴う発掘調査が実施されることになりました。

2013年8月から2015年2月まで実施された沖縄県立埋蔵文化財センターによる発掘調査の結果、 中城御殿の創建当時のものと考えられる保存良好な石積・石列遺構や、井戸を中心に作業場や 排水施設が設けられた水場遺構などが検出されました。こうした発掘調査の成果は、18世紀初期 の中城御殿を描いた「首里古地図」の内容を実証するだけでなく、「首里古地図」には描かれて いない中城御殿の実態や、その年代的変遷を解明する上で、極めて重要な考古学的証拠となる ものです。

また、遺跡内からは、中城御殿創建以前にさかのぼる、グスク時代の土坑群や遺物も多数確認 され、遺跡内の洞穴からも、具体的な時期は不明ですが、保存状態のよい石積遺構が確認されて いることは注目されます。今回発掘されたこれらの豊富な遺構群は、世界遺産である首里城跡や 玉陵を含む首里地区の歴史的変遷を解明する上で、重要な手がかりとなるものです。

こうした学術的意義に鑑み、本会では遺跡保存部会を中心に本遺跡の取り扱いに関する要請に ついて検討を重ね、平成26年5月30日付け文書にて、事業主体である沖縄県教育委員会に本遺跡の 公開および取り扱いに関する要請を実施しました。その後、発掘調査の進捗状況に鑑み、平成26年 12月22日付け文書にて、同じく沖縄県教育委員会あてに本遺跡の保存・活用に関する要請を実施し、 さらに平成27年3月10日付け文書にて、県議会あてに本遺跡の保存・活用に関する要請を実施しました。

平成27年7月27日には、考古学関係の全国組織である日本考古学協会の埋蔵文化財保護対策委員会より関係機関あてに「那覇市首里高校内中城御殿跡の保存と活用についての要望」が提出され、本会でも平成27年8月12日付け文書にて那覇市および那覇市教育委員会あて、平成27年9月2日付け文書にて県知事あて、平成27年9月4日文書にて県教育委員会あてに本遺跡の保存と活用についての要請を実施しました。

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