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琉球大学法文学部考古学研究室

城西小学校敷地内埋蔵文化財・首里平良橋周辺遺跡に関する要請

城西小学校敷地内埋蔵文化財・首里平良橋周辺遺跡に関する要請経過(経過報告)

2015年 10月18日 遺跡保存部会にて城西小学校内埋蔵文化財(I区)の発掘調査状況について現地視察(関係者向け説明会への参加)
10月20日 遺跡保存部会にて首里平良橋周辺遺跡の調査状況について現地視察
11月4・5日 県内新聞にて首里平良橋周辺遺跡の調査成果について報道
11月14・15日 那覇市教育委員会による首里平良橋周辺遺跡の説明会開催
11月20日 沖縄考古学会理事会にて首里平良橋周辺遺跡、城西小学校内埋蔵文化財の取り扱いに関する要請について審議
12月4日 遺跡保存部会にて城西小学校内埋蔵文化財の発掘調査状況(II区)について現地視察
12月7日 ■県教育長、那覇市長、那覇市教育長、那覇市議会議長あてに以下の標題の文書による要請を行う 城西小学校敷地内における埋蔵文化財の取り扱いについて(要請)
■県土木建築部長、県南部土木事務所長、県教育長、県議会議長、那覇市長、那覇市教育長、那覇市議会議長あてに以下の標題の文書による要請を行う 首里平良橋周辺遺跡の保存と活用について(要請)

■城西小学校敷地内埋蔵文化財の取り扱いに関する要請(概要)

 那覇市の城西小学校は、世界遺産(首里城跡、園比屋武御嶽石門)に隣接し、「首里古地図」(18世紀初期)によれば、「御細工所」が所在した場所にあたります。「御細工所」の実態についてはこれまでよくわかっていませんでしたが、昭和59年に校舎工事に伴う緊急発掘調査が実施され、出土遺物などから「王府御用品の総合製作所」跡だったことが想定されています。 現在、城西小学校敷地内では、屋内運動場及び幼稚園舎建替え工事に伴う埋蔵文化財発掘調査が実施され、石列や排水溝をはじめとする多様な遺構群が確認されています。特にⅡ区では綾門大道につながると考えられる大規模な道路状遺構や、それに関連する石組の溝状遺構が良好な状態で発掘されています。これらの遺構について、「御細工所」やその後に設置された薬園との関連も含めて、その年代や性格を明らかにすることができれば、首里城跡とつながりをもつ遺跡の一つとして、重要な文化遺産となるものと考えられます。 こうした重要性に鑑み、本会では平成27年12月7日付け文書にて、関係機関あてに本遺跡の保存と活用に向けた取り扱いに関する要請を実施しました。

■首里平良橋周辺遺跡の保存と活用に関する要請(概要)

 首里平良橋は、首里から浦添に至る琉球王国時代の中頭方西海道の要所にあり、第二尚氏第7代尚寧王によって石橋として整備されて以降、度重なる改修を経て利用され続け、沖縄戦によって破壊されました。 首里平良橋周辺遺跡では平成24年度および平成27年6月から、県道153号線外1線街路改良工事に伴う発掘調査が実施されているところでありますが、現在、発掘の途中とはいえ、橋に取り付く道路や橋の脚台の一部と思われる遺構が確認され、道幅や道の基礎構造をはじめ、繰り返し行われた改修の過程を把握できる成果があがっています。 さらに南地区では「首里古地図」(18世紀初期)に描かれた平良小堀(クムイ)に接する場所に、井戸を中心に井戸に降りる石畳道や石積みの排水溝等がほぼ完全な形で発掘されています。 こうした成果は、近世から近代にかけての首里平良橋周辺の景観や歴史的変遷を明らかにするのみならず、琉球王国の主要交通路であった中頭方西海道の一部を構成する遺構として極めて重要です。 こうした学術的意義に鑑み、本会では平成27年12月7日付け文書にて、関係機関あてに本遺跡の保存と活用に関する要請を実施しました。

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