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琉球大学法文学部考古学研究室

島嶼研シンポジウム 先史時代種子島の謎(ご案内)

島嶼研シンポジウム 先史時代種子島の謎(ご案内)

先史時代とはヒトが出現して文字が利用されるまでの時代を指す。先史学とは過去において文字を持たなかった人々の文化を研究する学問である。種子島においては約3万5000年前から8世紀までが先史時代ということになる。1970年代以降の高度成長期に伴い、遺跡の発掘件数が激増し、日本列島の先史時代のベールが次々と剥がされた。種子島においても同様に近年の発掘調査により、この島にいつヒト(Homo sapiens)が登場し、どのような文化があったのかが明らかになりつつある。例えば種子島においては縄文時代から古墳時代にかけて、「ある時期」を除いて、鹿児島を含む南九州から強い影響を受けた時代・文化が存在したことが判明している。

本シンポジウムでは、この「ある時期」を「謎」の時期として焦点を当てたい。このある時期とは「弥生時代後半から古墳時代」である。この期間、鹿児島(南九州)とは異なり、独自の土器文化が種子島で成立している。種子島のこの時期における最大の「謎」はこの島で暮らした人々の生業(何を主に食していたか)である。目と鼻の先にある南九州では弥生時代前期にはすでに稲作農耕が導入されていた。大隅諸島の南に位置する奄美・沖縄諸島では8世紀から12世紀に農耕がひろまったことが明らかになっている。この奄美・沖縄諸島の農耕は北からもたらせており、種子島・屋久島をそのルートとして拡散したのである。では、種子島(大隅諸島)の状況はどのようなものであったのであろうか。

この問いの答えをより一層理解するために、本シンポジウムでは4つのテーマについて考察する。まず、奄美・沖縄諸島における農耕の始まりについて。つぎに鹿児島を含む南九州における農耕の起源とひろがりについて。種子島の北と南における状況を紹介したのち、この時期における種子島の生業を土器圧痕分析と出土遺物の分析をもとに検証する。

 

会場:西之表市民会館301会議室(西之表市西之表7600)

中継会場:①鹿児島大学国際島嶼教育研究センター(鹿児島市郡元1-21-24、総合教育研究棟5階)、②鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室(奄美市名瀬港町15-1、奄美群島大島紬会館6階)

オンライン:Zoom

主催:鹿児島大学国際島嶼教育研究センター

後援:西之表市、中種子町(予定)、南種子町

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